4年前の旅の記憶その4「いざ内モンゴルへ!が、列車に乗り遅れる」

2010年の元旦は、マイナス20℃を越える寒さの中で1日中取材活動に明け暮れた。

◎当時の取材記事
ハルビン氷祭りを探る1  太陽島公園の雪祭り
ハルビン氷祭りを探る2 兆麟公園の氷祭り
ハルビン氷祭りを探る3 氷雪大世界
ハルビン氷祭りを探る番外編 スターリン広場と中央大街の周辺

冬のハルビン松花江

歩いて渡れるハルビン松花江

とにかく寒い中でさんざん歩き回ったというのが印象に残っていて、松花江も歩いて渡ったし、最終的にホテルへ帰れるバスの乗り場がなかなか見つけられず、足元がジンジンと痛む中、ホテルに戻ったのは夜9時を回っていたのではないかと思う。
途中途中で熱飲屋と呼ばれるカフェで、何度も休憩を取っていたが流石に体力的にはきつかった。

ハルビン中央大街の装飾

ハルビン中央大街の装飾

こんな状態の中の2010年元旦の行動であったのだが、実は翌日はなんと内モンゴルへの移動を予定していた。
しかも現地での行動時間を確保するために朝5時台というトンデモナイ時間帯の切符を買っており、起きられるかどうか心配なまま、携帯電話のアラームを4時半にセットし就寝したのである。

そして翌朝、周囲がまだ真っ暗闇の中で携帯電話の目覚ましアラームで目が覚め、無事起きられた。
これで無事、内モンゴルへ行けると思い身支度を整えると、さっさとホテルをチェックアウトして、腹ごしらえに駅前に向かった。
詳しくは何を食べたか覚えていないが、ワンタンのようなものを食べたのではないかという記憶である。
そして、腹を満たし体温が上がったところで列車出発20分くらい前にゆうゆうと駅の待合室に向かった、はずだった。

ところがである。
駅の出発表示を見るとどうもおかしい。乗るべき列車が改札終了となっていてちょうど今列車が出たばかりのような状態になっていた。
慌てて、そばにいる駅員に切符を見せて尋ねると「列車はもう行ってしまったよ、変更手続きをしなさい」といわれたのである。

「ええ何故??」

状況が分からぬまま、慌ててその人の指示する場所へ向かった。

「何故乗り遅れたのだろう?」

走りながら携帯電話を改めて見直すとまだ間に合う時間を表示していた。
どうしてだろうと思いながら、周囲に時計を確認すると携帯の時計表示と30分ほどずれていたことに気が付いた。

「あ!」

ここで、携帯電話も電池で動いていることに気が付いた。
つまり、恐らく携帯電話の電池もこの寒さの中でやはり凍りついて、一時的に機能停止していたのであろう状況が発生していたようなのである。
もちろん、完全に携帯端末が止まってしまえば、気が付いただろうが中途半端に肌身につけて使用していたので、機能停止する時間も中途半端だったようである。
さて、原因は分かったが、これからどうしようと頭がパニックに陥ったまま、言われた窓口に行き切符を出すと、「ここへ行くのね?」と私に確認しながら手続きを始めた。

 すると、手数料の発票(領収書)とともに新しい切符と、幾らかのお金を同時に渡された。

「何故お金も返ってくる?」

 切符を良く見ると、最初に予約した列車よりも1時間遅く出発する列車で、列車の等級が最初の列車より下なので運賃が安くなり、手数料を差し引いた分だけ戻ってきたという事らしい。
 私はこの時、中国の鉄道は乗り遅れた列車の切符でも変更が出来るということを初めて知った。
 ただ、いつまでもOKということではなく、確か出発後2時間以内に手続きをするとか何とかそうい決まりがあるようで、その範囲であれば変更がOKだということである。

 それにしても、今回払戻しまであるとは乗り遅れて得した気分である。

 ただ気になったのは、列車等級が下がったので大幅に時間がかかるのではないかという心配だったが、どうやら所要時間はほとんど同じで済みそうだった。
 ハルビンから今回目指す内モンゴルの「扎蘭屯」へは約6時間の列車旅である。
 この「扎蘭屯」は、実は昔お見合いした女性の出身地だった。
(つづく)

成吉思汗駅の駅舎

成吉思汗駅つまりチンギスハンという名の駅!

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4年前の旅の記憶その3「ハルビンで孤独の越年、そして氷雪まつりへ」

ハルビン駅に到着したのはもう日が暮れた19時過ぎだったと思う。
気が付けば12月31日の大みそかであり、中国だと盛り上がりに欠けるが2009年が大詰めの大詰めを迎えた頃であった。
中国だと旧正月の春節が本当の意味での新年を迎える瞬間なので、12月31日といっても大して変わった雰囲気はないし、極寒の地ハルビンでは屋外に出て、何かを騒ぐということにはならないのかもしれない。
予約してあったホテルまでは駅から僅かな距離であったが、足元はアイスバーンでつるつるとなっており、気を付けて歩いたつもりだったが直ぐに一回転んでしまった。
ホテルのフロントに着くと外とは打って変わってぽかぽかで、エコノミーチェーンの安いホテルだったが清潔で居心地は悪くなかった。
この時物凄い空腹に襲われていたので、外に出て食事をすることにしたのだが、ハルビンはハルビン餃子が有名であると聞いており、ホテルの近くの餃子専門店に早速入った。
何を注文したかははっきり覚えていないが、韮の水餃子とスープ、地三鮮と呼ばれるジャガイモと茄子とピーマンの炒めものを食べたような記憶が有り、私はこの地三鮮がとても好きなのである。
ただ、この日はかなり疲れが溜まっていて食欲もそこそこだったので全部食べ切ったかどうかはあまり覚えていない。

ハルビン餃子はこの地の名物として有名

ハルビン餃子はこの地の名物として有名

食事の後に早速部屋に入ってパソコンを繋ぎ、ネットで日本のNHKラジオに合わせ、紅白歌合戦の放送を聞いた。
すると1時間の時差のある日本はもう新年直前で、紅白は終了間際のほんのちょっとだけ聞いた状態ですぐに「ゆく年くる年」の厳粛な雰囲気に変わった。
ラジオを通して伝わる除夜の鐘を、この北国ハルビンの街で一人でホテルの部屋で聞くという行為は、何とも不思議な感覚だったのを覚えている。
孤独で寂しいと言えば寂しいのだが、ラジオを通してはとはいえ日本と同期して新年を楽しめる嬉しさがあり、そんな環境ながら日本の正月を感じようとしている自分に育った日本での習慣が染みついているのを感じたのである。
むしろこの地における本来の新年である1時間後の0時の時点ではほとんど感動がなかったのを覚えている。
さて明けて新年の元旦に、ハルビンの雪まつりを取材に出かけたのだが、その様子は既に記事となっている下記の記事を参照してほしく、ここでの重複の紹介は避けようと思う。

◎当時の取材記事
ハルビン氷祭りを探る1  太陽島公園の雪祭り
ハルビン氷祭りを探る2 兆麟公園の氷祭り
ハルビン氷祭りを探る3 氷雪大世界
ハルビン氷祭りを探る番外編 スターリン広場と中央大街の周辺

ハルビン駅前の城壁の氷像

ハルビン駅前の城壁の氷像

ハルビン駅前にはこの年に行なわれる上海万博マスコットもあった。

ハルビン駅前にはこの年に行なわれる上海万博マスコットもあった。

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4年前の旅の記憶その2「長春の寒さでカメラが動かなくなる」

さて、長春に到着した次の日が12月31日の大みそかであり、この日はハルビンに移動する予定であったが、その前に長春市内を少しぶらぶらしてから出発する計画を立てていた。

春諠賓館の前の銅像

春諠賓館の前の銅像

取り敢えずは、駅前から出ている軽便鉄道に乗って終点まで行こうと思っていたのだが、なんと駅前で数枚パチリと写真を撮ったところで、なんと長春の余りの寒さにカメラが動かなくなってしまった。

春諠賓館から見た新館

春諠賓館から見た新館

どうもカメラが故障したらしい。

カメラが動かなかくなくなるというのはこの時の私にとって大変に困った誤算であり、わざわざ飛行機代金をかけて東北に来たのにカメラがなくて写真が撮れないのでは、やってきた意味が無くなり飛行機代が無駄になるので非常に動揺したことを覚えている。

これは困ったと思いまずは、一番少ない投資からリカバリーを図ろうと、まず電池切れの可能性を考え、近くの売店で電池を買った。
が、新しい電池で一瞬電源が稼働したように見えたものの、すぐにまた動かなくなった。

これでは原因がどこにあるか良く分からない。
故障の原因は分からなかったが、そのまま駅前に居ても無題に時間が過ぎていくだけなので、市内で新しいカメラを買う可能性も考えつつ、とりあえず軽軌鉄道に乗った。
この軽軌鉄道はいわゆる新交通システム系の鉄道で、ドイツのドルトムントや広島の宮島あたりで走っている奴とほぼ同じ規模の車両だったと思うが、すると今度はその軽軌鉄道が寒さのため故障したらしくノロノロ運転となった。

駅に着いてもドアが開いたままで何分も待たされたのである。
「おいおい耐寒仕様じゃないのかい」と思ったが動かない物は動かないのである。
さすがにこの状況は日常茶飯事であるわけもないようで、他の中国人乗客たちもイライラしていたらしく、ドンドンと足を踏み鳴らして抗議する状況になった。
しかし、それでも列車はちょっと進んで止まっての繰り返しだったのである。
こちらとしては終点に行くことが目標であったが、もうどうにもお腹が減ってきたし寒かったので終点まで行くことは諦めて、途中で降りることにした。
地図上で場所は何となく把握しているものの、初めての土地でどう動いていいのかわからないまま、路面電車の走っているはずの方角へ向かった。
空腹は途中で見つけた朝鮮料理屋へ入り、あまり記憶は定かではないが寒さに耐えるために確か犬肉鍋を注文した気がする。
さすが朝鮮族たちのいる本場のお店ということもあって美味しかったような印象だった。
そして、路面電車を見つけ、それに乗ってデパートなどがある繁華街に向かうことにした
結局悩んだ挙句、市内の電器店で安いカメラを買うことにしたのである。
中国の全国チェーンの電器屋を見つけ、幸いいつも使っているSONY製のものがあり確か700元ほどで購入できた。
とはいえ旅の途中での予定外の出費でとても痛かったというのを記憶している。

で、早速新しいカメラを屋外で使い始めたが、なんとこの新しいカメラもすぐに動かなくなってしまったのである。
新品が動かなくなったことで、電池が原因であることを疑い始めた私は、信頼できそうな日本のpanasonic製の電池を探そうとしたが、もはや時間切れでハルビン移動する時間が迫っていた。
結局長春の景色はほとんど撮れず仕舞いで終わってしまったのである。
そしてハルビンへ移動する列車の中で、まさかと思いつつ撮ってみたところ、下記のように列車内では撮影が可能だったのである。

長春からハルビンへ移動

長春からハルビンへ移動

(続く)
(これらは全て2009年12月の情報です)
→【長春龍嘉国際空港周辺のホテルを探す】
→【長春市内のホテルを探す】

4年前の旅の記憶 その1「長春の旧ヤマトホテル」

4年前の年末年始に中国東北地方へ赴いたことがある。
第一の目的は仕事?でハルビンの氷祭りを取材しに行くことであったのだが、折角の冬の東北紀行なので前後でいろいろと興味のある行程を付加して旅をしてきたのだが、最近、整理をした際にその時の記録の写真が出てきて、世間的にどこにも未発表だったので、ここでそれらの写真を使ってその当時のことを色々と改めてご紹介したい。

この東北紀行でまず訪れたのは吉林省の長春であり、この時にこの都市を訪れた目的はかつてのヤマトホテルに宿泊することであった。
暮れも押し詰まった2009年12月30に長春龍嘉国際空港へ到着する。

長春龍嘉国際空港に到着

長春龍嘉空港に到着

何せ4年も前のことなので記憶が定かではないが、飛行機は1時間以上遅れて現地に到着しもう夜も遅い時間だった気がする。
この時期、吉林省一帯は大変な寒波に見舞われており、その影響で各地で飛行機が遅れていたのである。
長春空港から市内までのバスがあることは調べてあり、市内から人民広場までリムジンバスに乗る。
外気温はたぶんマイナス25℃くらいだったという気がする。

長春龍嘉空港から市内へ向かうバスの中

長春龍嘉空港から市内へ向かうバスの中

北国の高速道路なのでどの程度走ってくれるか分からず心配したが、やはりそれほど飛ばせず、思ったより時間がかかった。
そしてそこからタクシーで鉄道駅へ向かうのだが、運転士がメーターを倒さず走り出し、10分ほどで駅へ着く。
料金は30元と言い値であり、少々高いなと思いつつもケンカするほどの中国語力もなく、慣れない寒さで疲れていたため素直に30元を渡して長春駅前でタクシーを降りた。

鉄道の長春駅

鉄道の長春駅

長春のヤマトホテル(大和旅館)こと現在の春誼賓館は長春駅の目の前にあるのである。
近年の大きな建物と比べるとやや小ぶりであるものの、歴史的建築とあって堂々としたつくりである。
以前は格式が高いホテルで、一般人がお金を出しても泊まれるような場所では無かったようだが、この数年前から解放され一般人もお金さえ出せば泊まれるようになった。
しかも宿泊費は確か300元にも満たず、この手の歴史建築のホテルとしては格安で、まあ冬季の寒い時期真っ只中ということもあり、観光客も少ないという事だったのかもしれない。
しかし大広間や廊下、宴会場などそこここに時代を感じさせる気品が漂っており、宴会場には「東京」「名古屋」といった日本の地名が付けられここ旧ヤマトホテルであった名残がそのままとなっている。

春誼賓館の玄関ロビーの天井

春誼賓館の玄関ロビーの天井

春誼賓館の廊下

春誼賓館の廊下

東京と名付けられた宴会場の銘板

東京と名付けられた宴会場の銘板

また客室内装や調度品の一つ一つは歴史を感じさせる風格があり、ここが何十年もの歴史を経ているのだと感じさせる雰囲気を持っている。

客室の調度品一つ一つに趣がある。

客室の調度品一つ一つに趣がある。

しかし、当然の如く近代的な設備も整っておりドアはオートロックで、テレビなどが設置され普通のホテル化されている。

春誼賓館の客室のテレビ

春誼賓館の客室のテレビ

ただ部屋から長春駅が正面に見え、このホテルが長春の一等地に立つホテルであることに気が付かされ、部屋の雰囲気はここがかつて時代の舞台であったことを想像させるに十分なものをもっていたのである。

春誼賓館の客室から見た長春駅

春誼賓館の客室から見た長春駅

部屋の宿泊案内の資料にも、ここがいかに歴史のある建物かをこと細かに記した資料もあったのである。
翌朝改めて外からこのホテルを見てみたが、やはり立派ななものであったことを記憶しているし、改めて写真でそれを確認したのである。

(これらは全て2009年12月の情報です)

春誼賓館の外観

春誼賓館の外観

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