4年前の旅の記憶その3「ハルビンで孤独の越年、そして氷雪まつりへ」

ハルビン駅に到着したのはもう日が暮れた19時過ぎだったと思う。
気が付けば12月31日の大みそかであり、中国だと盛り上がりに欠けるが2009年が大詰めの大詰めを迎えた頃であった。
中国だと旧正月の春節が本当の意味での新年を迎える瞬間なので、12月31日といっても大して変わった雰囲気はないし、極寒の地ハルビンでは屋外に出て、何かを騒ぐということにはならないのかもしれない。
予約してあったホテルまでは駅から僅かな距離であったが、足元はアイスバーンでつるつるとなっており、気を付けて歩いたつもりだったが直ぐに一回転んでしまった。
ホテルのフロントに着くと外とは打って変わってぽかぽかで、エコノミーチェーンの安いホテルだったが清潔で居心地は悪くなかった。
この時物凄い空腹に襲われていたので、外に出て食事をすることにしたのだが、ハルビンはハルビン餃子が有名であると聞いており、ホテルの近くの餃子専門店に早速入った。
何を注文したかははっきり覚えていないが、韮の水餃子とスープ、地三鮮と呼ばれるジャガイモと茄子とピーマンの炒めものを食べたような記憶が有り、私はこの地三鮮がとても好きなのである。
ただ、この日はかなり疲れが溜まっていて食欲もそこそこだったので全部食べ切ったかどうかはあまり覚えていない。

ハルビン餃子はこの地の名物として有名

食事の後に早速部屋に入ってパソコンを繋ぎ、ネットで日本のNHKラジオに合わせ、紅白歌合戦の放送を聞いた。
すると1時間の時差のある日本はもう新年直前で、紅白は終了間際のほんのちょっとだけ聞いた状態ですぐに「ゆく年くる年」の厳粛な雰囲気に変わった。
ラジオを通して伝わる除夜の鐘を、この北国ハルビンの街で一人でホテルの部屋で聞くという行為は、何とも不思議な感覚だったのを覚えている。
孤独で寂しいと言えば寂しいのだが、ラジオを通してはとはいえ日本と同期して新年を楽しめる嬉しさがあり、そんな環境ながら日本の正月を感じようとしている自分に育った日本での習慣が染みついているのを感じたのである。
むしろこの地における本来の新年である1時間後の0時の時点ではほとんど感動がなかったのを覚えている。
さて明けて新年の元旦に、ハルビンの雪まつりを取材に出かけたのだが、その様子は既に記事となっている下記の記事を参照してほしく、ここでの重複の紹介は避けようと思う。

◎当時の取材記事
・ハルビン氷祭りを探る1  太陽島公園の雪祭り
・ハルビン氷祭りを探る2 兆麟公園の氷祭り
・ハルビン氷祭りを探る3 氷雪大世界
・ハルビン氷祭りを探る番外編 スターリン広場と中央大街の周辺

ハルビン駅前の城壁の氷像
ハルビン駅前にはこの年に行なわれる上海万博マスコットもあった。

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