2010年の元旦は、マイナス20℃を越える寒さの中で1日中取材活動に明け暮れた。
◎当時の取材記事
・ハルビン氷祭りを探る1 太陽島公園の雪祭り
・ハルビン氷祭りを探る2 兆麟公園の氷祭り
・ハルビン氷祭りを探る3 氷雪大世界
・ハルビン氷祭りを探る番外編 スターリン広場と中央大街の周辺
とにかく寒い中でさんざん歩き回ったというのが印象に残っていて、松花江も歩いて渡ったし、最終的にホテルへ帰れるバスの乗り場がなかなか見つけられず、足元がジンジンと痛む中、ホテルに戻ったのは夜9時を回っていたのではないかと思う。
途中途中で熱飲屋と呼ばれるカフェで、何度も休憩を取っていたが流石に体力的にはきつかった。
こんな状態の中の2010年元旦の行動であったのだが、実は翌日はなんと内モンゴルへの移動を予定していた。
しかも現地での行動時間を確保するために朝5時台というトンデモナイ時間帯の切符を買っており、起きられるかどうか心配なまま、携帯電話のアラームを4時半にセットし就寝したのである。
そして翌朝、周囲がまだ真っ暗闇の中で携帯電話の目覚ましアラームで目が覚め、無事起きられた。
これで無事、内モンゴルへ行けると思い身支度を整えると、さっさとホテルをチェックアウトして、腹ごしらえに駅前に向かった。
詳しくは何を食べたか覚えていないが、ワンタンのようなものを食べたのではないかという記憶である。
そして、腹を満たし体温が上がったところで列車出発20分くらい前にゆうゆうと駅の待合室に向かった、はずだった。
ところがである。
駅の出発表示を見るとどうもおかしい。乗るべき列車が改札終了となっていてちょうど今列車が出たばかりのような状態になっていた。
慌てて、そばにいる駅員に切符を見せて尋ねると「列車はもう行ってしまったよ、変更手続きをしなさい」といわれたのである。
「ええ何故??」
状況が分からぬまま、慌ててその人の指示する場所へ向かった。
「何故乗り遅れたのだろう?」
走りながら携帯電話を改めて見直すとまだ間に合う時間を表示していた。
どうしてだろうと思いながら、周囲に時計を確認すると携帯の時計表示と30分ほどずれていたことに気が付いた。
「あ!」
ここで、携帯電話も電池で動いていることに気が付いた。
つまり、恐らく携帯電話の電池もこの寒さの中でやはり凍りついて、一時的に機能停止していたのであろう状況が発生していたようなのである。
もちろん、完全に携帯端末が止まってしまえば、気が付いただろうが中途半端に肌身につけて使用していたので、機能停止する時間も中途半端だったようである。
さて、原因は分かったが、これからどうしようと頭がパニックに陥ったまま、言われた窓口に行き切符を出すと、「ここへ行くのね?」と私に確認しながら手続きを始めた。
すると、手数料の発票(領収書)とともに新しい切符と、幾らかのお金を同時に渡された。
「何故お金も返ってくる?」
切符を良く見ると、最初に予約した列車よりも1時間遅く出発する列車で、列車の等級が最初の列車より下なので運賃が安くなり、手数料を差し引いた分だけ戻ってきたという事らしい。
私はこの時、中国の鉄道は乗り遅れた列車の切符でも変更が出来るということを初めて知った。
ただ、いつまでもOKということではなく、確か出発後2時間以内に手続きをするとか何とかそうい決まりがあるようで、その範囲であれば変更がOKだということである。
それにしても、今回払戻しまであるとは乗り遅れて得した気分である。
ただ気になったのは、列車等級が下がったので大幅に時間がかかるのではないかという心配だったが、どうやら所要時間はほとんど同じで済みそうだった。
ハルビンから今回目指す内モンゴルの「扎蘭屯」へは約6時間の列車旅である。
この「扎蘭屯」は、実は昔お見合いした女性の出身地だった。
(つづく)
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